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生物医学における成功例を調べてみると、疾病の診断、治療、予防における大きな進歩はすべて物理、科学、生物学といった特定の医学・医療の問題とまったく関係のない問題の追求から始まったことがわかる。
レントゲン撮影、ベニシ遺伝子工学とバイオテクノロジーはいま、生物医学史上もっとも輝かしい時代を迎えている。
最新のゲノム応用に見られるこれらの進歩発展は、医療や農業に革命的変化をもたらすのみならず、基礎科学にも大きく貢献している。
さらに数十億ドルもの急成長産業を生み出した。
生物医学の歴史を振り返ると、16世紀イタリアのパドヴァが思い浮かぶ。
当時のそこはまさに世界の科学の中心地であり、科学者や人々の主たる関心は解剖学と生理学にあった。
約4世紀を経て、21世紀は再び解剖学と生理学が注目を集める世紀となりそうである。
ただし今回は「分子のレベルにおいて」である。
私たちは経済を強化し、福祉の向上、国民の健康を願う。
では、ますます科学や技術に依存する度合いの高まる21世紀に向かって、私たちはいまどんな準備をするべきなのだろう。
歴史的経験に基づいて、私はとくに重要な5つのなすべきことを提案したい。
リン、小児マヒのワクチン、組み換えDNAなど、すべてその例である。
多くの人々あるいは科学者がいかに直観に反していると思っても、実は、最も実際的で低コストで薬品や医療機器を開発する一番の近道が基礎研究にある。
医学のこの真の生命線は今後も変わらないであろう。
第2に重要なことは、研究者の独創性をサポートすることである。
真実は一般にいわれているのとは逆で、産業においては「必要は発明の母」ではなく、「発明が必要の母」なのである。
今世紀の最もドラマティックな発明、すなわち航空機、複写機、トランジスター、レーザー、MRI(磁気共鳴画像診断装置)などは、すべて偶然に意図せずに発明されたものであり、今日のような必需品に育つまでには、何年いや何十年も待たねばならなかった。
このようなまさに先駆的な発明は、産業を強化する源泉にほかならない。
第3に重要なことは、個人の努力に対するサポートである。
米国立衛生研究所(NIH)は50年前、生物医学の研究や教育を支援するプログラムを設立したが、それは、当時はもちろん現在もなおユニークな存在である。
具体的には、研究費は年齢に関係なく研究者に直接与えられる。
その選考方法は、広範囲にわたって選ばれた同レベルの研究者たちの評価によるもので、それは官僚的な管理主義とは無縁のものである。
申請者は、学部長や研究部門の長、あるいは大学職員、学会の政治的権力といったものに左右されず、独立性を保つことができる。
大学や研究所は、研究費を獲得した申請者個人が名声を獲得し、それを通じて大学の教育的貢献がなされ、間接経費が自らの組織に豊富に回ってくるよう競争するという立場と役割を与えられたのである。
このようなシステムにおいては、研究はボトムアップ、つまり下から上への方向性をとる。
これに対して世間のほとんどの場合は、研究の指示は、トップダウンつまり上から下へと流れている。
第4に重要なことは、中央政府からのサポートである。
市民や議員は、もしも研究費が高いと思ったら、単純に病気のことを考えてみればよい。
アメリカにおける基礎生物医学の研究資金は90%以上が連邦政府からの歳出であり、今後もそうありつづけるだろう。
企業や慈善家による援助は助けとなるし刺激にはなっても、決して持続するものではなく、実質的な役割を担うのはむずかしい。
生物医学の教育と研究は、中央政府のみがなしうる不可欠な投資といえる。
アメリカの2大政党はともに、NIHの130億ドルの予算を5年間で2倍に、また米国科学財団(NSF)の40億ドルの予算を大幅に増額することを勧告している。
第5に重要なことは、英語が流暢に話せるようにサポートすることである。
すべての科学がそうであるように、生物医学もまた世界的になり、国際的で万国共通の用語、すなわち方言がなく常時使用している「サイエンス」の言葉で表現する機会がますます増えている。
しかし、教育、共同研究、議論といった個人間のコミュニケーションにおいては、話し言葉に頼ることが大きく、近い将来、英語が共通語になると思われる。
好むと好まざるとにかかわらず、英語が流暢に話せないという理由で、豊かな才能や優れた学識を科学者の社会が受容できないことがあってはならない。
ライフサイエンスは21世紀のリーディング産業を牽引するこのような中で、日本はバイオテクノロジーを技術としては摂取したが、その自律的発展をまとめよう。
どうすれば生物医学や産業の進歩が阻害されるのか、すでに十分な理解がなされているのである。
政府の管理職や研究部長たちが選んだ戦略的目標に焦点を合わさせ、研究費を集権的な大学や民間のグループに提供し、研究者個人のやる気をなくさせ、多額の教育や基礎研究費を中央政府から出さないようにし、若手研究者が英語を流暢に話せない環境をつくってやれば、それはそのまま、私たちの望まない時代へとつながっていくのである。
生物学や遺伝学と化学が融合することによって20世紀半ばに成立した分子生物学は、生命現象の研究法に革命的変化を引き起こし、その副産物であるバイオテクノロジーは、医学、薬学、農学分野の大きな技術革命をもたらした。
これはエレクトロニクスや通信情報分野で起こった技術革命に引き続く産業革命といえる。
それらの共通した特徴を一言でいえば、基礎的発見が技術革命を呼び、それがまた次の基礎的発見に結びつくという、科学と技術の連続的革命が進行している点である。
遺伝子工学から始まるバイオテクノロジーは、細胞治療や遺伝子治療を通して医学と医療の様相を大きく変えつつある。
21世紀を前にこの流れは一層加速され、さらに生物学と物理学、および人文科学との融合が進行する可能性を秘める。
生命科学と分子医学を包括する「ライフサイエンス」は、ゲノム科学、脳科学、情報科学、システム生物学など生物学の統合を通じて新たに必要なインフラストラクチャーをいまなお築くことができていない。
この事実は、多くの人々には意外な感じを与えるかもしれない。
これまでの生物学や医学研究は個人の創意を基礎とする小グループが主流であった。
しかし、ヒトゲノム解析、ヒト疾患モデル動物の作製、シグナル伝達分子の機能解析、タンパク質工学、RNA工学、細胞治療や遺伝子治療などに見られるように、バイオテクノロジーの発展によって研究方法は大きな変容を遂げ、分子医学に関わる多くの専門分野の協力・組織化が必要となった。
言い換えると、分子医学の発展により医学部、大学付属病院、製薬企業における伝統的な研究システムの改革が不可避となっている。
バイオテクノロジーは日米両国で盛んであるが、その展開の仕方には、大学をとっても企業をとっても大きな相違がある。
もともとは主として大学における基礎的な生命科学研究から出発したが、アメリカでは大学人と企業家の協力により、新たな発見と技術革命をめざして競い合う多くのベンチャー企業が生まれた。
そしてこのことが、アメリカの産業界と大学を取り巻く環境に多くの変化をもたらした。
